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【尾崎裕哉コラム】なぜ無心でスマホを流すのか?「気晴らし」とSNSの罠

Дата публикации: 06-10-2026 11:08:00

シンガーソングライター尾崎裕哉による思考コラム。無意識なSNSスクロールの背景にある現代人の生きづらさを、ドーパミン中毒アプリの体験や哲学者パスカルの「気晴らし」論から考察。表現者としての視点も交え、デジタル時代の「注意の争奪戦」に迫る。

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少し前のこと。半袖のビジネスマンが目につき始めた赤坂。ラジオの収録に向かうタクシーで、僕はインスタグラムを開いていた。指が勝手に動いているこの時間は、まるで瞑想のように無心だ。

そこに動画が流れてきた。テレビアニメ『リック・アンド・モーティ』にでも出てきそうなキャラクターが、トイレで携帯をいじりながら、やけに疲れた顔をしている。字幕には「男性に見られるドーパミン追求行動の警告サイン」。最近よく目にする、生成AIで作られたものだろう。訴求点をそのままメロディに乗せて、合成された声がダウンテンポのビートの上で歌う。要約すればこうだ。

気力が出ないのも、何もかも先延ばしにしてしまうのも、ADHD的な特性も、燃え尽き症候群も。全部、あなたが「ドーパミン中毒」だからです。このアプリで、ドーパミンを管理しましょう。

1分半ほどの動画は、よくできていた。見やすいし、BGMの完成度も高い。最後まで見て、ああ、と思った。妙に腑に落ちたのだ。そして興味本位でアプリをインストールした。

使ってみようとしたら、起動してすぐに課金を求めてきた。僕は興ざめして、そのまま閉じた。そこで、ふと思った。問題は歌の内容だけではない。納得してしまった、僕のほうだ。もしかすると僕は、ただ疲れていると認めるより、何か一つを変えれば楽になると思いたかったのかもしれない。

その夜、ドーパミンについて調べてみた。ドーパミンは快楽そのものというより、報酬を求める動機や、予想と結果のずれから学ぶ働きに関係しているらしい。脳内のドーパミンを大幅に減らしたラットでも、砂糖への「おいしい」という反応は残る一方、自分から餌を取りに行かなくなるという。欲しがることと、好きになることは、別のことらしい。

そこで、思い当たった。

タクシーの中の僕は、ちょうどその裏返しだ。指は止まらない。なのに、面白かった記憶がなく、何を見たのかも覚えていない。欲しがっているのに、味わっていない。

SNSのフィードに何が流れてくるかは、僕にもわからない。だが、そのわからなさこそが効いているらしい。脳は、面白いものに当たったときだけでなく、それがあるかもしれないという予測や、予想外の結果にも反応する。だから当たりは来なくてもいい。指を動かせば、また次が来る。僕らは、何かを求めているのではない。求め続けることそのものを求めているのだ。時を溶かすこと自体は、悪いと思わない。ただ、僕は余裕がないときにも同じことをしてしまう。

でも僕は、そもそも、なぜSNSを開いてしまうのだろう。誰にも強制されていないのに、スマホを持てば当たり前のようにアプリを開き、フィードをスクロールする。面白いネタを探していた? 無心になるため?

そこで思い出したのは、17世紀のフランスにいたパスカルという哲学者の話だ。彼は、人がウサギ狩りに一日を費やすのを見て、ウサギそのものに幸福があるわけではない、と書いた。タダでくれると言われたら、要らない。求めているのはウサギではなく、狩りそのものなのだ。ウサギは僕らを死や不幸の眺めから守ってくれない。だがウサギを追いかけることが、守ってくれる。

彼はこれを「気晴らし」と呼んだ。人間の不幸はすべて、部屋に一人で静かに座っていられないことから生じる、と。部屋というのは、何もしていない自分と、二人きりになる場所のことだ。つまり、無心でスクロールしているとき、僕は何かを探しているのではなく、自分から逃げている。

タクシーの中で瞑想のようだと思ったあれは、瞑想の正反対だった。瞑想とは、部屋に一人で自分と向き合うことだ。僕はそのとき、一人きりの部屋から出ていくようなことをしていた。

けれどパスカルは、気晴らしを単純に責めてはいない。それは人間の惨めさを慰めてくれる唯一のものであり、同時に、僕らが自分について考えることを妨げる「最大の惨めさ」でもある、と書いた。370年前、スマホもテレビもない時代に、そんなことを考える人がいた。

こうやってSNSのアルゴリズムやコンテンツについて考えると、自分もこの「気晴らし」に応える側にいることについて考えさせられる。あの日、僕はラジオの収録に向かっていた。人の時間を25分もらう仕事だ。音楽家として作品を出せば告知をするし、なるべくその文面が「刺さる」ように考える。リーチ数も、再生数も、見る。

だから、あの広告をつくった人たちを悪者にするつもりはない。人の注意を引くのは、本当に難しい。あの1分半には、いろんな発想と努力があった。売れているものには、売れているだけの理由がある。

ただ、起動して数秒で課金画面が出たとき、ようやくわかった。僕は治療されようとしていたのではない。最初から、見込み客だった。

広告は、僕の悩みを捏造したわけではない。すでにあった疲れや焦りを見つけ、名前をつけ、それを個人のドーパミン管理の失敗として語り直した。疲れや先延ばしの背景を問う前に、管理の問題にしてしまえば、悩みは自己責任になり、同時に商品になる。ADHDも、燃え尽きも、先延ばしも、違うはずの苦しさが一つの言葉で束ねられ、同じ課金画面へ運ばれていく。

注目されるコンテンツが証明しているのは、そのものの価値でも、需要でもない。ただ、人の指を止めたという事実だけだ。けれど、集まった注目は価値や需要の証明のような顔をする。SNSという、コンテンツにとどまった時間と回数しか測られない場所では、ただの気晴らしと、治療のふりをしたものが、同じ数字でしか判断されない。

370年前から、気晴らしは必要だった。新しいのは、気晴らしが「あなたのため」という顔をして、治療や自己改善の形をとるようになったことだ。いまや生活に欠かせないスマートフォンの画面には、人の悩みを数秒で課金へ変えるものが、毎日これでもかというほど現れる。

音楽も、誰かの通勤の3分を埋める気晴らしなのだと思う。それでいい。ただ、10代のときに聴いた音楽で、30代の自分の中にまだ響いているものがたくさんある。まだ鳴っているのは、あれらの曲が答えではなく、問いを授けてくれたからなのではないだろうか。僕を治すとも言わず、ただ、問いをくれた。

僕も人の注意を求める側にいる。だからこそ、人の弱さに答えを売るのではなく、自分にとって価値のある問いを歌にして、手渡す側でいたい。何年も聴いてもらえるような曲をつくることが、当面の目標だ。

問いは、部屋に一人で座っていられるようにしてくれる。


Hiroya Ozaki

尾崎裕哉/1989年生まれ、東京都出身のシンガーソングライター。故・尾崎 豊の長男で、幼少期をアメリカで過ごした後に慶應義塾大学大学院を修了し、2016年に自伝の出版とシングル『始まりの街』で本格的な音楽活動を開始した。自身の葛藤や深い思索を映した楽曲と豊かな歌声で高い評価を得ている。2026年9月にデビュー10周年を迎えるにあたり、全編自身のオリジナル曲で構成される全国ツアー『FROM THAT TOWN 〜あの街から、10年〜』を開催。9月19日の大阪・BIG CAT公演を皮切りに愛知や東京などを巡る。

※雑誌『Esquire Japan』2026年10月号より転載

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